タイのバイオマス発電プロジェクトにおける炭素クレジット獲得プロセスの実態調査

公益財団法人 地球環境センター

CDM/JI事業調査結果データベース

調査名タイのバイオマス発電プロジェクトにおける炭素クレジット獲得プロセスの実態調査
調査年度2001(平成13)年度
調査団体東京三菱証券(株)
調査対象国・地域タイ
調査段階プロセス3:プロジェクトからクレジットを獲得するための調査
調査概要タイの籾殻発電プラント建設事業において、炭素クレジットのフィジビリティースタディを行う。更に炭素クレジットを獲得し、販売するための実際のプロセスを経験することにより、CDMとしての適格性、国際的に通用する炭素クレジット獲得のためのフィジビリティースタディを行う。
調査協力機関A.T.Biopower(以下ATB):タイの事業開発及び金融会社
調


プロセス1※1(調査対象外)
※2




プロジェクト概要タイ中央部の5個所のプラントにおいて、それぞれ約20MWの発電量をもつ籾殻発電を行い、タイ電力公社(以下EGAT:Electricity Generating Authority of Thailand)に電力を売却し、蒸気を近隣の製紙工場に販売するプロジェクト。
対象GHGガス二酸化炭素
対象技術分野バイオマス利用
CDM/JICDM
実施期間2005年から2011年の7年間(最大2回まで更新可能)。スタートの年である2005年はATBの5事業所すべての発電所が年間を通じて稼動する最初の年である。クレジット期間を7年間とした理由は次の二つ。

(理由1)7年後に籾殻発電事業がBAU(Business As Usual)に含まれないだろうと予想されること。

(理由2)第一約束期間内を7年でカバーできること
ベースライン当該プロジェクトはEGATに電力を売却し、それによって代替されるのはタイ国の全国系統電源であるので、売却された電力と同等の電力を発電する際に排出される二酸化炭素の全国平均量が削減されると考える。
GHG削減量〇発電による削減量

1)ATBの5つの籾殻発電所が85%の稼働率で発電した場合の予想発電量は、750,000MWh/year(5×20MW×24時間×365日×85%)である。

※対象とする地域の精米所から排出される籾殻量は年間200万~230万トン、ATBの5つの発電所が85%の稼働率を維持するのに必要な籾殻量は年間75万トンであるので、籾殻供給は十分であると考えられる。

2)籾殻発電によって代替されるタイ国の全国系統電源の炭素排出係数(kgCO2/KWh)をクレジット期間についてまとめると、表1のようになる。(今後タイにおいて発電形態がどのように変化するか予想し、各発電タイプの炭素排出係数と全体の発電量に占める割合を掛け合わせて、全国系統電源の平均炭素排出係数を算出)


3)全国系統電源を籾殻発電で置き換えることによって、削減されるGHG排出量は、1)2)より表2のようになる。


〇蒸気の生産による削減量

 現在、製紙工場で蒸気を作るために消費される重油は年間775,000l/年である。重油の炭素排出係数を2.68kg/lとすると、生産された蒸気を製紙工場に売却することによって削減されるGHG排出量は77,500×2.68 = 2,000tCO2/年となる。

※製紙工場のビジネス計画では、工場の能力を3年から5年以内に倍増させる予定である。必要な蒸気のほとんどをATBから購入する意志を見せており、少なくとも製紙工場が現在、生産している蒸気の量のレベルはATBから提供される蒸気にとって代わるといえる。

〇運搬に関する排出量
 精米所から発電所へ籾殻をトラックで運搬するときのGHG排出量は表3より約7,000tCO2/年となる。


〇その他の排出量
・籾殻発電で排出される二酸化炭素は、バイオマス起源のものなので排出とみなさない。

・現在、籾殻の一部は燃料として使われている。本プロジェクトで籾殻を収集することにより、炭素排出量の多い燃料を用いる住民が出てくれば、そこから出るGHGは削減効果から差し引かねばならないが、次のような理由でその心配はないと考える。

(理由1)燃料として使われている籾殻の量はごく僅かで、約70%の籾殻が全く使用されていないのが現状である。 

(理由2)ATBが燃料として調達する籾殻の量は、供給地で生産される籾殻生産予想量の4分の1である。

(理由3)ATBは籾殻の調達量を長期契約に基づいて算出し、安定的に買い上げる。また調達量は供給者に前もって通知するので、供給側もATBとそれ以外の買い手向けに生産量を決めやすい。

 以上より、本プロジェクトを実施することによるGHG排出削減量は2,645,000tCO2となる(表4)。
費用・電力による年間収入:約37,950,000ドル

・蒸気による年間収入:約1,600,000ドル

・初期費用180,000,000ドルで減価償却をすると、残存価値は
 180,000,000ドル-180,000,000ドル÷125%=約36,000,000ドル

・年間経費:約10,800,000ドル

・割引率:25年間で4.5%と仮定
⇒株主自己資本率16%
⇒株主資本コスト(自己資本72,000,000ドル)×(25%-16%)
=6,480,000ドル
費用/GHG削減量6,480,000ドル÷2,645,000tCO2=2.45ドル/tCO2
モニタリングモニタリングの検証項目、検証方法、検証頻度、責任の所在について表5に示す。


GHG削減以外の影響○環境面

・籾殻発電を行えば、これまで籾殻を投棄していたり、野外で燃やしたりすることで生じていた環境へのダメージ(籾殻を野焼きすれば、粉塵が大気中にばらまかれてしまう等)をなくすことができる。

・燃焼温度が比較的低いため、NOxの排出を抑えることが可能であり、また籾殻に含まれる硫黄分は微量であるので、NOx及びSO2の排出はごく僅かである。

※環境面への影響の緩和策

・本プロジェクトでは、沈殿器や集塵機のようなフィルターを使うので粉塵はばらまかれない。

・工場廃水については、処理した後に蒸発池から蒸発させるので、事業所外へは漏れない。

・全事業所から出る多量の灰が売却不能の場合、灰を事業所内に埋め立てる手段を講じるので、灰が空気中や地域の水路に流出するのを防げる。

・環境騒音については、各事業所敷地内に植林を行うので和らげることができる。
実現可能性・EGATは小規模電力業者(SPP)から再生可能エネルギーを購入しており、ATBはEGATと各発電所につき、約20MWの電力量で25年の確定型契約を結ぶ予定である。よって、当プロジェクトはすくなくとも25年間は継続する。

・東南アジア最大の製紙会社と話し合いの結果、同社の製紙工場は必要な蒸気をすべてATBから購入してもよいと述べた。

・豊富な燃料(籾殻)供給者との長期契約を結んでいる。

・タイの多くの精米所は規模が小さすぎるため、籾殻による発電が今後行われる可能性は低く、本事業がなければ籾殻は引き続き投棄されたり野積みされたり、単に焼却されたりするだけと考えられるので、当事業の追加性はあると考えられる。

・エネルギー関係事業を実施する場合は、National Environmental Quality Act(NEQA)に基づき、10MW以上の電力事業に対して環境影響評価(EIA)を行うことが義務づけられている。ATBが第一のプラント(Pichit発電所)に関してEIAを提出し、各プラントについて順次EIAを行っている。

・稲の乾燥に必要な蒸気を安価で購入することができ、自分たちの生産した米の利益率があがるので、地元コミュニティは当発電所建設を強く支持している。
他地域への普及効果タイのみならず、米生産の多い中国、インド、インドネシア、ベトナムなどで普及効果は期待できる。しかしながら、補助金などの再生可能エネルギー事業促進の政策が、ホスト国政府にあることが重要であると考えられる。
ププロセス3※3 一般的にCDM事業から炭素クレジットを獲得するプロセスは表6のように整理される。本調査は手順1~4の部分について調査を行ったが、この欄では、2~4に関する調査の結果について整理する。(1については「プロセス2に関して」参照)



○炭素クレジットの適格性分析

 指定運営機関(DOE)の候補として名前が挙がっているDet Norske Veritas(DNV)社に本プロジェクトのプロジェクト・デザイン設計書(PDD)の分析を依頼した。そのデスクレビューの結果を以下に示す。

(主な評価結果)

・提出されたPDDはプロジェクトの評価をする上で明確、かつほぼ十分なものである。

・PDDにおける仮定事項は、合理的かつコンサバティブであり、このプロジェクトが京都議定書第12条に基づき、CDMの要件を満たすであろう。

・プロジェクト計画については漏れがなく、計画の技術面も相応の水準に達している。空間的境界も明確に定義されている。

・当プロジェクトのベースラインは入念に検討されており妥当である。ベースライン排出量とプロジェクトの排出削減効果はコンサバティブに推定されている。当事業で作られた電力は、タイの全国系統電源へ売却される。したがって、タイの全国発電量における平均排出係数をベースラインの排出係数とすることは妥当であるといえる。蒸気生産の排出係数ベースラインについてはさらに詳しく証明する必要がある。

・プロジェクトの環境的追加性は認められる。

・モニタリング手順や設備の校正において、方策・報告・メンテナンス手続き等の運営およびメンテナンスの手順が、検証計画では十分ではない。今後準備することが好ましい。
 

○ホスト国の炭素クレジット承認手続

 ホスト国によるプロジェクト承認は、ホスト国が定める国内手続に基づいて行われるが、ホスト国の企業のみならず、政府ですら、CDM/JIの概念や仕組みなどは未だ理解されていないのが現状である。世界銀行はNational JI/CDM Strategy Studies Program(NSSプログラム:議定書I国の政府から基金を募り、JI/CDMのホスト国にキャパシティビルディングを提供するプログラム)を実施し、タイでも2002年5月終了予定である(2002年3月現在の状況)。


○炭素クレジットの投資家向けの書類作成

 公式に炭素クレジット購入を行っているのは、オランダ政府のCertified Emission Reduction Unit 入札プログラム(CERUPT)と世界銀行が設立している炭素基金(Prototype Carbon Fund)である。
 本調査ではCERUPT向けの書類作成を行った。

 CERUPTの入札は二段階で行われ、第一フェーズ(書類審査)では、ショートリストが作成される。第二フェーズにおいては、書類審査の他、プロジェクト現地での査察、プロジェクトのプレゼンテーションなどの審査等を経て、最終入札が行われる(表7)。


 本調査では、まず第一フェーズへの応募を行った。その際以下のような書類を提出した。なお、この他に「ホスト国からのLetter Of Endorsement」を提出する必要があったが、この書類については揃えることができなかった。

(1)プロジェクトに参加する企業の全ての署名入り関心表明書
(2)事業者としての除外項目に該当しないことの証明
(3)プロジェクトリーダー団体の過去3 年間の財務および活動報告書
(4)事業者の登録証
(5)プロジェクト・アイデア・ノート(PIN)
(6)当該類似事業の経験などの参照資料
(7)当該類似事業運営の参照資料
(8)当該技術に関する参照資料
(9)社会的責任に関するステートメント

 本調査の実務経験を通じて炭素クレジットの獲得プロセスが明確となり、ある程度のスキルは必要であるが、複雑困難ではないことが判明した。キャパシティービルディングを行う必要があることがわかった。
報告書本文(PDFファイル 553MB)
調査評価・新たな視点に立っているプロジェクトであり、これからの重要性を鑑みると実行・検証は意義があると考えられる。

・CDM事業の認証過程がわかりやすく分析されており、評価できる。

・現実のプロジェクトに基づいて炭素クレジットを獲得するのに必要となるステップを具体的に踏むことを通じて、CDM/JIの手続きを構築するための知見を得るという目的は達成されているが、炭素クレジット獲得の手続きを構築するためには、計画の成熟化段階が異なるプロジェクトにどのように対応するかについても検討すべきである。

・農林系バイオマス廃棄物燃焼・発電は技術的にはある程度確立しており、ホスト国タイはバイオマス資源が豊富であり、本プロジェクト自体は有望であると考えられる。問題は法制度、補助金活用などを含めた社会制度の完備である。本プロジェクトはこの点について、比較的よく検討されており、相手国の国情も安定していると思われるので、評価できる。

・籾殻の燃焼温度が低く、籾殻に含まれるN分がN2O(亜酸化窒素)として排出される可能性があるので、検討しておく必要がある。

 

※1. プロセス1:
具体的なF/S案件を発掘するため、対象国や技術分野を特定せずに、CDM/JIとして広い可能性を考慮した基礎的な調査
※2. プロセス2:
具体的な調査対象国・調査地域、対象技術分野を前提とした実現可能性調査
※3. プロセス3:
実際に炭素クレジット獲得に向け、プロジェクト設計書の作成、バリデーション、炭素クレジットの投資探しなど、F/S終了後に当たるプロセスを行う調査